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琥珀色に染まるとき
第9章 追憶の淫雨

昼過ぎにマンションを出ると、愛車のジャガーを走らせてある場所へ向かった。途中のフラワーショップで花を購入し、一時間ほどかけて到着したのは大規模な公園墓地。
正門から園内に伸びる車道を、小雨に打たれる色とりどりの紫陽花を目にしながら進んでいき、ある区画の前で車を停めた。
真っ直ぐに伸びる石畳の両傍に、ずらりと暮石が並ぶ。傘を差しながらゆっくりと歩みを進めると、彼女の墓の前に背の低い女性が佇んでいた。人の気配を感じた女性が傘の下から顔を覗かせた。
彼女によく似たその顔。一瞬、幻覚でも見ているのだろうかと思った。
女性は、そこにいるのが姉の生前の恋人だと気づいて一瞬戸惑いの表情を見せると、ぎこちなく頭を下げる。
「久しぶりだね、実耶。元気だった?」
「……お兄さんこそ」
朝比奈実耶(あさひなみや)は、それだけ言うと、やがてその童顔にほっとしたような笑みを浮かべた。
「さっきまで父と母もいたんですけど、私だけ残ったんです。なんだか胸騒ぎがして、もう少しいたいって思ったから。そしたら、お兄さんが……」
「すごい偶然だね」
「真耶ねえが教えてくれたのかな」
傾けた傘の下から、そっと見上げてくる実耶。景仁は、自分の肩より低い位置にあるその顔を優しく見下ろした。
「そうかもね」
実耶はどこか気まずそうに目をそらすと、“朝比奈家之墓”と彫られた暮石に視線をやった。
「お兄さんが持ってきてくれたお花も飾りましょう」
言いながら、先に供えられていた純白のカサブランカを片方の花立てに移し変える。
「ああ、悪いね。いっぱいになっちゃうかな」
「いいんです。お姉ちゃん、きっと喜びます。お兄さんが覚えていてくれて」
景仁が抱えているカサブランカの花束を見つめ、実耶は太陽のような笑みを浮かべた。

