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琥珀色に染まるとき
第9章 追憶の淫雨
「……実耶」
「だけど突然いなくなっちゃって、最初は全然受け入れられなかった。お兄さんとも疎遠になって、あの頃はすごく寂しかった。お兄さんにはもうお姉ちゃん以外の人と付き合ってほしくないとか、勝手に思ったりして」
「そうだな……少し前までそのつもりだったよ」
つい口にした言葉に反応を示す実耶の様子からは、なにかを悟ったことが窺える。
「お兄さん。ご結婚はまだ?」
「うん」
「じゃあ彼女は」
「……そうだね。いるよ」
できる限り優しい声で答えると、そうですか、と呟いた実耶は、顔色を変えることなく視線を墓石に戻した。返された言葉が予想どおりではなかったのか、その表情は固い。
「そりゃそうですよね。こんなかっこいい人に彼女がいないわけないもん」
「いや、今までずっと一人だったよ」
「嘘だあ」
「本当だよ」
「う、そ」
「ほんと」
ぷっと噴き出した実耶は、やがて神妙な面持ちになり、あのね、と言った。
「最近よく思うようになったんです。あの日、お姉ちゃんと一緒にいた女の人のこと」
「…………」
「あのあとすぐに入院しちゃったみたいだし、裁判でも顔が見られないようになってたでしょ? だから、全然会ったこともない人とお姉ちゃんの死を共有してるっていうのが、なんか変な感じ。お兄さんは、その人のこと知ってる?」
「……事件の少し前に知り合った子みたいだし、話に聞いていたくらいだよ」
そっか、と小さく吐き出して、彼女は口元を歪めた。
「その人のせいじゃないってわかってるんです。だけど、その人と関わらなければお姉ちゃんが死ぬことはなかったって考えると、悔しくて……」
景仁は、俯く実耶から暮石に視線を移し、それから天を仰いだ。灰色の空には、妹を見守る姉の寂しげなまなざしがあるような気がした。
細かな水滴が傘を叩く。陰気な雨は、弱まっても、やむ気配はない。