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琥珀色に染まるとき
第10章 マホガニー色の幻

響が小さくため息をついた。
「大事なものを失うって……いつからそんなおおげさな話になったのさ。まったく、これだから老いぼれは。すぐ自分のことと重ね合わせて脱線するんだから」
――あとから知るよりよくない? 俺は知りたいけどな。
――すべて知れば相手を理解できると思っているなら、それは立派なうぬぼれだ。
どちらの男の言い分も、今の自分には耳が痛い話だ。過去を西嶋に打ち明けることで、なにか大事なものが失われてしまうかもしれない。
「……Dead and turned to clay」
微妙な空気を裂くように、カウンターの向こうから落とされた低い声。視線を移すと、静かにグラスを磨く西嶋の姿がそこにある。伏せられたその目はなにを思っているのか。
「なに、どういう意味?」
響の問いに答えたのは、タツだった。
「死んで土に還る、か」
店内は、静寂に包まれた。その言葉を汲むように、物哀しいピアノジャスが流れている。
「へえ。そういう意味もあるんだね」
「死ぬと土になる肉体、という意味合いだな」
タツの説明を受けた響が、つまり店の名前の由来は、と静かに言った。
「死んだ人がここに帰ってくるように……ってこと?」
返答を求められた西嶋は口角を上げる。
「惜しいな」
拭きあげたグラスの煌めきを眺めながら、こう続けた。
「日々の生活に疲れ果てた人たちが、いつでもここを頼ってこられるように。ここで人や酒に癒されて、また明日から頑張って生きようと思ってもらえるように。と、まあそういう意味かな」
「なるほど。turn to Clay、だな」
タツがそう推理すると、西嶋は肯定を意味する笑みを浮かべる。

