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琥珀色に染まるとき
第10章 マホガニー色の幻

それから、まばらに客が出入りする中、両隣の色男たちが繰り広げる愉しげな会話を聞いたり、無意味に口説かれたりしながら時間を過ごした。深夜三時になると、彼らは店を去っていった。
「先に帰るか?」
二人きりになった静かな店内に、心地よい低音が響く。
「でも閉店まであと二時間だし、待っていてもいい?」
「ああ。お前が嫌じゃなければ、実はそうしてほしいと思ってた」
そう言って口角を上げる西嶋を、涼子は愛おしく思った。今すぐにカウンターを飛び越えて抱きつきたい衝動に駆られたが、手元で官能的に煌めく琥珀色を眺めてやり過ごす。
「悪かったな。嫌な思いをさせて」
「え?」
視線を上げれば、そこには湿っぽい微笑があった。
「噂のこと?」
「…………」
「正直、全然気にしていないと言ったら嘘になるけど」
そこまで言って西嶋の反応を窺うと、彼は哀しげに眉を寄せた。この男を安心させてやりたい、と涼子は無性に思った。
「でもいいのよ。大事なのは、自分の目で見て感じたことだから。少なくとも私が感じるのは、あなたはこのお店が好きで、お客さんが好きで、こんな私に優しくしてくれる、素敵な男性。……だから、いいの」
「涼子……」
西嶋は安堵の息を一つ吐くと、柔らかな笑みを見せた。
「もう店閉めて帰ろうか」
「だめよ。あと少しだから、ちゃんと仕事して」
「ははは。わかってるよ」
その崩れた笑顔がたまらなく愛おしい。
店内に流れるピアノジャズが心地よい眠気を誘う中、再びぽつりぽつりと現れ始めた客の話し声、西嶋の上品な笑い声、彼がなにか作業するときに発するかすかな音を、右耳から静かに受け入れた。

