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琥珀色に染まるとき
第13章 忘却の片時雨
第十二章 忘却の片時雨
十一月五日土曜日、午後八時半。
季節はあっという間に移り変わった。梅雨が明け、夏が訪れ、やがて刺すような日差しと蒸せ返るような空気が影をひそめると、徐々に夜には肌寒いほどの澄んだ空気が漂うようになり、いよいよ本格的な秋の到来を感じさせる。
開店前の薄暗い店内で一人、景仁は黙々とグラスを磨いていた。
手首と指先を連動させ、器用にグラスを回しながら拭きあげていく。グラスを明かりにかざして磨きあがりを確かめる。最後の一つを拭き終わると、それを静かに棚に戻し、ため息をついた。
開店時間にはまだ三十分も早いが、入り口の扉が開けられた。淡い期待を込めた視線を送る。しかしそこに現れたのは、質のいい黒スーツに身を包んだ目つきの悪い男だった。
「なんだ、お前か」
「俺で悪かったな」
失笑混じりに答えた藤堂は、入り口に一番近い席に腰かけた。一人で来るときはいつもそこに座る。
「理香さんは一緒じゃないのか」
「疲れたから早く帰って休むんだと。土曜だしな」
「要するに振られたってわけか」
「まあな。仕方ないから旧友の店に金を落としに来てやったんだよ」
涼しい顔で言った藤堂は、ネクタイをゆるめると、背広の内ポケットから煙草とライターを取り出す。
「いつものでいいか?」
カウンターに灰皿を置きながら尋ねると、ああ、と一言だけ返した藤堂は煙草を咥え、火をつけた。