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琥珀色に染まるとき
第13章 忘却の片時雨

***

 朝の六時に帰宅するなり、景仁はリビングのソファーにどかっと腰を下ろした。背もたれに身体を預けたまま、しばらく放心する。

 これまで、真耶と同じ運命になるかもしれなかった女性に思いを馳せるたび、複雑な感情が渦巻いた。
 十一年前に一度、真耶と街を歩いていたときに偶然見かけたその後ろ姿。真耶が声をかけようとしたが、女性は離れたところにいて、すぐに人混みの中に埋もれて見えなくなってしまった。
 ほんの数秒、それも遠目で後ろ姿しか見なかったが、大学生にしては落ち着きのある雰囲気を持った子だと思った。『男の目になってるわよ』と真耶に釘を刺されるほど、その後ろ姿を目で追っていた。揺れる長い黒髪と美しい歩き姿が、あまりに印象的だったのだ。

 あの子は無事だった。しかし、真耶が死んだ。
 事件の日、それぞれの安否を知ったときの気持ちは今でも言い表すことができない。人は、自分の中に生まれた感情さえ正確に把握することができない生き物なのだと、そのときに思い知った。

 事件後の裁判は被害者の精神的負担を考慮し、氏名や住所を伏せて進められた。彼女が証言する際は、被告人や傍聴席との間についたてが置かれた。被害者の名誉、社会生活の平穏が害されることを懸念しての措置だ。しかし当時は、複雑な心境を捨てきれないまま、真耶の遺族とともに裁判を傍聴した。

 裁判では、被害者は暴行のあと、煙草の火を胸に押しつけられて気を失ったとされていた。
 不意に、涼子の左胸にあった傷痕が思い出される。鼓動が激しく鳴っているのが自分でもわかる。


――あなたが独立したら、あの子もお店に招待してあげてね。


 いつか聞いた真耶の声が、近くで聞こえたような気がした。すると、今まで忘れていたその名前が勝手に口からこぼれ落ちた。

「……りょうこ」

 かすれ声が、誰もいない部屋に消えた。

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