この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
琥珀色に染まるとき
第20章 ラスティネイルの夜

悪意などまったく含まない声で、彼はたしかにそう言った。その名を耳にした瞬間、昨日の霊園での出来事がまざまざと思い出される。
「……真耶さんは、こちらの常連だったのですか」
「ええ、そうです」
榊はどこまで知っているのだろうか。その疑問を心に残したまま、彼の話に耳を傾ける。
「景仁の奴はいつもなにも言わないので、私が勝手にそうやって出していたわけなのですがね。それが今日は、めずらしく違うものを頼まれたんです」
榊はにっこりと笑った。
「カリラをストレートで、と」
「…………」
「これはなにかあったなと直感しましてね。ちょっと問いつめてみたら、景仁はあなたのことを話してくれました」
「そうですか……」
なんと言えばいいのかわからずに口ごもると、榊はふっと柔らかく微笑んだ。
「あの男があんなふうに、惚れた女の話を私にすることなど今まで一度もありませんでした。私の弟子になってからもう十五年ほどの付き合いになりますが、初めてでしたから。まったく、驚きました。あいつもずいぶん丸くなったものです」
静かに語る榊のすべての言葉を聞き逃さぬよう、涼子は息をひそめて耳を澄ませた。
修行中の西嶋と、常連客の真耶――惹かれ合う若い二人と、それを静かに見守る榊の姿が想像できる。それはきっと、穏やかで、温かく、幸せな時間だったに違いない。
決して嫉妬ではなく、しかし羨望でもない、ただ哀しい気持ちが胸に重くのしかかる。
異変に気づいた榊は苦笑し、そして突然こう言った。
「初めて理性が効かなくなってしまった相手」
「え?」
「景仁はあなたのことをそう言いました。なにがあっても手放したくないと。それはそれは真剣な顔でね」
「……あいつが君にこだわるのは、過去のことがあるからというわけじゃない」
突然、今まで黙ってマティーニを愉しんでいた藤堂が、榊に続いてそう言った。

