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琥珀色に染まるとき
第22章 涙は朝雨のように

***
午後九時の開店時間より三十分前。
薄暗い照明の中で一人、カウンター内から整然とした店内を見渡す。壁際から二番目の席に視線を落とし、景仁はそのまま目を閉じた。静かな暗闇に飲みこまれた瞬間、背筋が冷たくざわついた。
――涼子が生きていてくれて、よかった……。
そう強く思ったとき、入り口の扉が開く音がした。まぶたを上げて目をやる。店内に入ってくるその人物の空気を感じ、思わず苦笑が漏れた。
「お前な、いつも来るのが早いんだよ。何度も言わせるな」
「ああ、悪い悪い」
その言葉とは裏腹に、旧友は堂々と入店してくる。するとその後ろから、佐伯がめずらしくひかえめに入ってきた。
「理香さん、いらっしゃい」
「こんばんは、西嶋くん」
その引きつった微笑は、ついさきほどまで泣いていた顔に無理やり笑みを貼りつけているかのようだ。藤堂からすべて聞いたのかもしれない。
「今日はお前に任せる」
藤堂は、黒いトレンチコートを脱ぐといつもの席に腰かけ、その一言を投げたきり、なにも言わずにスーツの内ポケットに手を入れる。灰皿とおしぼりを差し出しても、おう、と答えるだけだ。
佐伯と一緒のとき、藤堂はほとんど煙草を吸わない。若干ではあるものの愛想もいいはずだが、これは完全に一人で来店するときの態度である。
上質なツイードコートを椅子の背もたれにかけた佐伯は、上品な仕草で藤堂の隣に腰かける。
「理香さんはいつものですか?」
おしぼりを受け取った彼女は、首をかしげて考えこむそぶりを見せたあと、さらりと言った。
「私もお任せしようかしら。ベースはジンで」
「かしこまりました」
佐伯がジンとはめずらしい。藤堂も片眉を上げ、彼女の横顔を観察している。いつもとどこか様子の違う二人を眺めながら、さてなにを造ろうかと思案する。

