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琥珀色に染まるとき
第22章 涙は朝雨のように

佐伯は、ゆっくりとグラスを傾けて“琥珀の夢”を口に含み、飲みこむと、一つ息を吐いた。
「あの人に未練はないわ。でも、あの頃に感じた哀しみとか、傷ついたときの感情が、まだ心に残っているの。それがなかなか消えてくれないのよね」
語る佐伯の隣で、藤堂が静かにアラスカを呷る。
「もう自分の弱さを隠して生きなくていい。一人で頑張らなくていい。つらかった時期に、ある人からそう言われたの」
「理香さんを見守る視線の正体は、その人ですね」
「まあね。だけど、そのときの私ったらぜんぜん素直になれなくて、その人の好意を踏みにじってしまったの。大変な時期で卑屈になっていたのよね。結局この有り様よ。もちろん、自分で選んだ生き方だから後悔はないわ。でも、あのときもう少し素直になれていたらなにかが変わっていたかもしれない。それは今でも時々考えるの」
彼女はカクテルピンを摘みあげ、マラスキーノチェリーを口に運ぶ。数回噛んで飲みこむと、独り言のように続けた。
「涼子ちゃんのことも、放っておいたらきっと私みたいになっちゃうと思うの。あの子は私に似てるから」
「……ふん。どこが」
しんみりとした空気を遮るかのように、失笑混じりの低い声が吐かれた。その声の主は、アラスカを飲み干して氷の微笑を浮かべると、むっとする佐伯に視線を送った。
「お黙りなさい、腹黒男。これだから堅物は困るわ」
「それは失敬」
「男のあなたにはわからないでしょうけど、女は常に安心感を欲するの。ちゃんと気持ちを掴んでおかないと、ふっとどこかに消えちゃうわよ」
「わかっていますよ」
「わかってない」
社長と秘書のいつものやり取りに口角を上げると、すぐさま鋭利な視線に捕まった。
「西嶋くん……いえ、マスター」
「はい」
ビジューを飲み干した佐伯は、上品な笑顔で言った。
「ジンベースでもう一杯お願い」

