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琥珀色に染まるとき
第22章 涙は朝雨のように
その後、開店時間が近づいてきた頃に、メリー・ウィドウを飲み終わった佐伯が席を立った。
「ご馳走様。陽気な未亡人はそろそろ帰るわね。未亡人ではないけど」
「ははは。いつもありがとうございます」
「男同士で妖しい話があるでしょうから、あなたはゆっくりしていきなさい」
彼女は藤堂にそう声をかけると、カウンターに万札を置く。バッグとコートを手に、店の扉を開けて振り返った。
「ねえ、西嶋くん。メリー・ウィドウを飲ませておいて、なにか言いたいことないの?」
「ありますよ。……もう一度、素敵な恋を」
その心に届くよう、ゆっくりと答えると、泣きそうな笑みを返された。ありがとう、という震えた声とともに。
彼女はまぶたに盛り上がった涙をこぼすまいと必死にこらえていたが、最後に一筋、それは右の頬をすうっと伝い落ちた。
佐伯がいなくなった店内は、やけにしんみりとしている。
「理香さん一人で帰らせてよかったのか?」
「ん?」
咥えた二本目の煙草にライターの火を近づけながら、藤堂は視線だけこちらに向ける。指に挟んだ煙草を唇から離し、ふうっと白い煙を吐き出したところでようやく口を開いた。
「専属の運転手を雇ったから、俺は不要でね」
「専属? なんで今さら」
「どうやら社長は、俺をクビにして前の職に戻そうとしているらしい」
「お前をまた、ボディーガードに……」
「新しい秘書を募集するとまで言い出しやがった。まったく、つくづく勝手な女だよ」
やれやれ、といった調子で再び煙草を吸った藤堂は、唐突に言った。
「社長は彼女を秘書にしようとしているのかもしれない」
涼子か――と、景仁は思った。