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琥珀色に染まるとき
第22章 涙は朝雨のように

「あの人は俺より先に気づいたんだよ。めずらしい苗字だから、ぴんときて調べたんだろうな。まったく、世の中の狭さにはうんざりするよ」
「はは……たしかに」
景仁はもう一度バックバーに向き直り、バランタインを手に取った。振り返ると、苦い表情をした藤堂が灰皿に煙草の灰を落としている。
ロックグラスに丸氷を落とし、琥珀色に色づくウイスキーを注ぐ。バースプーンでステアして差し出すと、藤堂は官能的に煌めくグラスを見つめながら言う。
「信頼を得て、引き抜かれ、秘書としてそばにいることを決めてから、あの人を一番近くで見守ってきた。自分の幸せを諦めて誰かの幸せを手助けする、彼女の生き方を尊重してきた。主従関係は決して崩さずにな」
「お前が理香さんの秘書を辞めれば、それが崩れると?」
「…………」
藤堂は質問には答えず、指の間に煙草を挟んだままグラスを手にし、傾ける。からり、と氷が音を立てた。
「そのとき、俺はどうすればいいんだろうな」
そう静かにこぼしたのは、まるで見知らぬ男だった。初めて見る戸惑いに歪むその顔に、笑いを誘われる。
「ふっ……はは。お前は自分のことになると正論馬鹿なんだよなあ」
「なんだそれは。なにがおかしい」
「そのままの意味だよ。正論にとらわれた馬鹿だ」
「…………」
むっとしたのかそれとも素直に認めたのか、黙りこんだ藤堂はウイスキーを呷る。
「理香さんが、何年も会っていなかった腹違いの兄の元妻だから? その一線を守り続けることになんの意味がある。それで気持ちに歯止めをかけているつもりなら、お前はただの愚図な臆病者だ。心の内は完全に漏れているのに一切手は出さない。いい歳して青春ごっこか。それとも、それこそが理香さんの望む関係だとでも?」

