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琥珀色に染まるとき
第22章 涙は朝雨のように

冬の柔らかな日差しが降りそそぐ、手入れの行き届いた広い中庭。コンクリートの遊歩道を、車椅子や松葉杖の患者が家族や看護師に付き添われながら散歩している。
朝の雨のせいでベンチはまだ濡れており、座ることはできない。立ったまま、その穏やかな光景を遠くからぼんやりと眺めた。
「こんなところにいたか」
不意に背後から声をかけられて振り返ると、そこには涼子の父が佇んでいた。
「寒くないのか」
「寒いですよ」
苦笑混じりに返すと、彼もかすかに口元をゆるめ、ブラックの缶コーヒーを手渡してきた。礼を言って受け取れば、冷たくなっていた手のひらにじわりと熱が伝わる。
涼子の父は、さりげなく隣に並んで中庭の風景を眺め始めた。その横顔はさきほどより和らいでいるように見える。少しは信頼を得られているのだろうか。
「気を利かせてどこかに雲隠れしているんだろうと娘に言われたが、ちょうど病室の窓から君が見えた。これだけ背が高いと、立っているだけでも目立つな」
「隠れんぼは昔から苦手です」
「そうか」
涼子の父は愉快げに微笑むと、前を向いたまま口を開いた。
「バーを経営していると聞いたが」
「はい。小さな店を一人で」
「店を構えて何年になるんだ」
「8年目になります。ありがたいことにこれまで安定してやってこられましたが、必ずしも先を保証できるものではありません」
「…………」
何年も続かないバーは山ほどある。競争や入れ替わりの激しい業界に身を置く男となれば、一人娘を嫁にやる相手としては歓迎できないだろう。

