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琥珀色に染まるとき
第22章 涙は朝雨のように

言い終わると、彼は手にしている缶コーヒーのプルタブに指をかけた。景仁も、左手に持ったままのそれを開ける。
「私には、娘がまだ迷っているように見えたがね」
「……はい」
固く答えながら、娘のようにするどい父親だ、と思った。この人は無神経なのではなく、繊細で、言葉足らずで、愛情表現が下手な親なのだと。
二人同時にコーヒーを飲む。先に感想を述べたのは、涼子の父だった。
「ぬるいな」
「そうですね」
彼は苦笑しながら、ふと空を仰いだ。
「朝雨に傘いらず」
「……朝の雨はすぐにやむ、というやつですか」
「どういう意味かわかるかい」
その問いに、少し考えてから答える。
「女の涙はすぐに止まるから、なぐさめる男はいらない」
「ふむ、それもなかなかおもしろいな」
「否定なさらないんですか」
「ああ、いや、すまない。ふふふ」
「……涼子は中身もお父さん似ですね」
「あれは母親似だよ」
「いえ、お父さん似ですよ」
「そうかな」
まんざらでもなさそうな、穏やかな笑みを浮かべる横顔。
朝雨に傘いらず――そう言った彼の真意は結局わからなかったが、目尻に刻まれたしわが深くなるさまを、景仁は黙って見守った。遠くの空を眺めるそのまなざしはやはり、涼子の凛としたそれによく似ている。

