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琥珀色に染まるとき
第23章 いつか無色透明の愛が

ふと視線を感じて隣を向くと、鋭さをまとった知的な笑みに捕まった。
「このまま幸せになるのが怖いの?」
答えずにいると、佐伯はくすりと笑う。
「涼子ちゃんが恐れているのは、自分ね。幸せに貪欲な自分。私なんかが幸せになっていいの? って言いたそうな顔してる」
「…………」
「いいじゃないの、貪欲で。人生は一度しかないんだから。タイミングを逃すと、なかなか次の波は来ないわよ」
「たとえ、そんなふうに感じてはいけない立場にあってもですか?」
思わず口にして、佐伯の濃茶色の目を見つめる。動きを止めた彼女は何度かまばたきを繰り返したあと、視線をグラスに落とした。
「立場か……」
しばらく思案してから、彼女は続けた。
「立場が幸せの障害になるのなら、それは私も同じかもしれないわね」
「それって……」
その横顔には、憂いを帯びた微笑が浮かぶ。涼子はその先を口にすることを諦め、自身の手元に視線を戻すと、グラスの中で揺れる淡い黄金色を見つめた。
「涼子ちゃんは、西嶋くんのことなんて呼んでる?」
「え」
「名前?」
「はい」
「そっか」
佐伯は薄い笑みを浮かべる。
「私の好きな男は、私のことを名前で呼んでくれないのよ。ただの一度も」
「……どうして?」
「真面目で、堅物だから」
黒髪短髪の威厳ある横顔が、脳裏によぎった。
「私ね、ちょっとした賭けをしているの」
「賭け?」
「その人が私のことを自由に呼べる立場になったら、ちゃんと名前で呼んでくれるかどうか」
「賭けに勝ったら、どうするんですか」
満足げにグラスを傾ける佐伯に問うと、彼女はバックバーに並ぶボトルを見つめた。
「彼を愛すわ。堂々と」
その横顔は言葉どおりの強さを持ち、その笑顔には少しだけ恋の色がにじむ。

