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琥珀色に染まるとき
第23章 いつか無色透明の愛が

***
腕時計の針は十時を指している。西嶋は仕事の真っ最中だ。
涼子は意を決し、バッグから取り出した携帯電話の電源を落とした。
――お前も、あいつと同じなのか……。
離陸する飛行機の窓から都会の夜景を見下ろしながら、ふと父の言葉を思い出す。案外、たしかに似ているところがあるのかもしれない、と涼子は思った。
出ていった母のことを恨んだことはなかった。物心ついた頃から、父が遅くまで仕事をしているのをわかっていたし、リビングで父の帰りを待つ母の後ろ姿をこっそり眺めることもあった。
子供の前では決して喧嘩をしない夫婦だったが、涼子はいつの頃からか、どこかよそよそしくなった彼らの心の溝を漠然ながら察していた。お母さんはお父さんがそばにいないから寂しいんだ、と。
だから十四歳の冬、『ごめんね』と言い残して母が見知らぬ男と消えたときは、家族を省みない父に愛想を尽かしたのだとわかった。
寂しい家に置き去りにされた怒りや、彼女の孤独を埋められるのが娘である自分ではなかったショックとともに、ああやっぱりという気持ちと、これで母は寂しい思いをしなくなるのだろうかという考えがぼんやりと浮かんだ。
優しい母だった。そして、寂しさに耐えられない女だった。明美のような、男に寄りかからずには自分を保てない、自分の価値を見出せない――そんな女だった。
母とはそれ以来会うこともなく、連絡を取り合うこともない。どこにいるのかも、生きているのかさえわからない。
母と離婚した父は、その後、別の女性を家庭に招いた。年頃の娘に母親を、という彼なりの優しさだったのだろう。その女性は、一人っ子である涼子に親切にしてくれたが、結局は母と同じ理由を並べて出ていった。
今思えば、自立した女になろうと決めたのはその頃からかもしれない。

