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琥珀色に染まるとき
第23章 いつか無色透明の愛が

演奏が終了すると、涼子は神聖な音の余韻に浸りながら絵画の展示スペースに戻り、いくつか見てまわった。
閉館時間まで三十分と迫った頃、満足して中央ホールからエントランスを抜けようとしたとき、後ろから“Excuse me”と声をかけられた。
「イエス?」
振り返ると、目線の高さが同じくらいの年配女性にパンフレットを差し出される。
「これ、落としませんでしたか?」
尋ねられ、いつの間にかそれが手中になくなっていたことに気づく。受け取りながら丁寧な口調で礼を述べると、返されたのは優しい笑み。赤みがかった髪色と翠の瞳が美しいスコティッシュ――見覚えのある顔だと思えば、カフェスペースで近くに座っていた夫婦の姿が思い出された。
周囲を見渡すも、夫らしき人の姿が見えない。どうやら彼女だけ急いで追いかけてきてくれたらしい。申し訳ないことをしたと謝ろうと思った矢先、女性は親しげに質問してきた。
「グラスゴーには旅行で来たの?」
「はい。日本から今日こちらに着いたばかりです」
「まあ、日本人なのね。ラブリー! 今日はこれからどうするの?」
「旅の疲れもあるし、バーに少しだけ寄って宿に帰ろうと思います。どこかウイスキーが揃ったお店をご存知ですか」
「それならいいところがあるわ。ここから歩いて行けるし、途中まで案内してあげる」
「でも、お連れの方は……」
「ああ、そうだった! すっかり忘れていたわ。主人が心配して私を探しまわっているかも」
そのチャーミングな笑顔につられて、こちらまで頬がほころぶ。
「私なら大丈夫ですよ。ご親切にありがとうございました。とても助かりました」
「ねえ、一緒に写真を撮らない? 素敵な旅の思い出に」
突然の提案に少々驚きつつも、涼子は彼女に笑みを返した。

