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琥珀色に染まるとき
第23章 いつか無色透明の愛が

――それは、三十年近く前のこと。
 息子たちがまだ幼かった頃、次男がリビングの隅の酒棚に並ぶウイスキーコレクションを見て言った。これを飲んでみたい、と。指差したのが、グレンファークラス105だった。
 大人になるまで待つように父は息子に言い聞かせたが、彼はなぜだかすっかりそのボトルデザインを気に入ってしまったようで、今飲むんだと言い張った。

 その様子をそばで見ていた長男は、翌日父が仕事へ行っている間に内緒で棚からボトルを抜き取り、弟に飲ませてやろうとした。だが、蓋を開けて匂いを嗅ぎ、その強烈な香りに思わず呻き声をあげているところを母に見つかり、叱られた。
 帰宅した父は、肩を落とす二人を諭した。過ぎていく時間をのんびり愉しめるようになったら飲ませてやる、と。その言葉の意味を理解できたのか否か、子供たちは無邪気に笑って頷いた。


 決して特別ではない、些細な記憶。しかしそれは直和にとって、息子たちとの大切な思い出だった。
 彼はその思い出を大事に胸の中に仕舞い、ふとしたときに取り出して、ウイスキーを飲みながら記憶の中の息子たちとゆったりとした時間を過ごすのだという。

「ウイスキーは時間の経過を愉しむ飲み物なんだ。過去の楽しい思い出、哀しみ、そして今こうして感じている幸せ。そうした時の流れを感じるために、私はこいつを飲んでいる。そうやって小さな記憶を積み重ねていくと、それは忘れがたい大切な人生になるのだよ」

 数年前にボトルデザインが変わった今でもその習慣を続けているという彼は、濃厚な琥珀色に輝くグラスを揺らしながら、最後にこう言った。

「過ぎていく時間は尊いものだ。大事になさい」

 そのしわだらけの優しい微笑みに、涼子は運命的ななにかを感じた。まさか、と思いつつも、聞かずにはいられない。

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