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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき

***
午後八時。
一日の業務を終えて事務所を出ると、湿った空気が優しく頬に触れた。しとしとと雨の降る中、藤堂とともにタクシーに乗り、ある場所に向かった。
見慣れた路地の一角にタクシーが停車する。運賃を支払い先に降りた藤堂に続き、涼子も降車した。
目の前に佇む雑居ビルの七階を見上げる。ここに来るたびにこうして見つめた、あの人がいる空間。
今宵も、彼はカウンターの向こうで優しく微笑むだろう。二人だけの時間には、熱い視線をくれるだろう。
頬をかすめる雨が、火照った心を鎮めていく。大人げなく駆け出したくなる気持ちを落ち着かせるように。
「……行くぞ」
「はい」
涼子はゆっくりと、足を踏み出した。
エレベーターに乗ると、藤堂が七階のボタンを押した。狭い箱が上昇を始める。
「あいつの両親は来ないらしいな」
「はい。先週、ルルさんがおうちの庭で転んで肩を痛めてしまったみたいです。長時間飛行機に乗るのは心配なので、安静にしてもらうことになりました」
そうか、と一言呟いたあと、しばらく間をおいてから藤堂は言った。
「俺も久しぶりに会いたかったよ。あの二人には高校生の頃とても世話になったんだ。本当の家族みたいにな」
独り言のように話す藤堂の横顔を見つめながら、涼子はその微笑に隠された想いを感じた。藤堂と西嶋を繋ぐ絆の強さの背景を、いつか聞いてみたいと思った。
七階に到着したエレベーターを降りると、薄暗い通路の先にひっそりと浮かび上がる黒い扉へと進む。二人の足音がかすかに響く。
扉の前に来ると、改めて店名を目にした。

