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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
通り過ぎた藤堂の背を追いながら、響は親しげだがそれ以上にとげのある言葉を返す。
そのとき、カウンターの奥で低い笑い声が聞こえた。視線をやれば、優しく微笑んでいる愛しい夫と目が合う。
「涼子」
そっと手招きする彼の、聞き慣れた、だが何度聞いても身体の芯をくすぐる色気のある低音に誘われ、並ぶスツールに沿って奥に進んでいく。端から三つ目に座る藤堂の隣に佐伯の姿が見えた。
手にしているカクテルグラスを彩る鮮やかな赤い液体は、彼女が最近よく飲むカクテル――ニューヨークだ。なにか心境の変化があったのだろう。
「涼子ちゃん、こっちよ」
その声はどこか丸みを帯びていて穏やかだ。笑顔で挨拶を交わし、彼女の隣にある空席へ歩み寄る。そのすぐ奥には、愛する肉親が座っていた。
「お父さん」
「うむ。先に頂いていたよ」
こちらを見てそう言った父は、再びカウンターに向き直りテイスティンググラスを傾けた。ウイスキーの美しい琥珀色が揺れる。
父の様子を見るとかなり気に入っているようだが、その銘柄はなんだろうか。あとで聞いてみようと思いながら、涼子は椅子に腰かけた。
手渡されたおしぼりを受け取る。さっそく作業を始めた西嶋を見守っていると、彼の隣に白いワイシャツの袖をまくり上げた格好の藤堂が並んだ。
「手伝うよ。主役に働かせるのも悪いしな」
「構わん。ここは俺の店だ」
やんわりと断られたにもかかわらず、藤堂はカウンター内から出ようとせず、バックバーからバランタイン十七年のボトルを抜き取り西嶋に見せる。その意図を理解した西嶋は苦笑して、棚からロックグラスを取り出すと丸氷を入れてカウンターの上に置いた。
サンキュ、と言った藤堂はボトルの蓋を開け、自らグラスにウイスキーを注いだ。自宅で寛ぐかのようにそれを飲みながら、西嶋を手伝う。