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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
認めるべきことは、わかっている。グラスゴーのバーで、自分のもとに走り寄るその姿を目にしたとき、それまで心を支配していた重い影が一瞬にしてどこかへ飛び立っていったのを。独りきりで抱えていた悩みなど、彼のぬくもりに包まれた瞬間、嘘のように消え去ってしまったことを。
俯けた顔を覗きこまれ、おそるおそる目を合わせると、両頬を温かい手に包まれた。優しく微笑む彼の綺麗な瞳は、変わらずこちらを見つめている。
「景仁さん」
「ん?」
「今日は……」
彼は、知っている。今日が、六月二十九日だということを。
そしてきっと、これからも忘れることはない。
「涼子」
静かに、だがはっきりと、名前を呼ばれた。黙って見つめ返せば、そこにはなに一つ変わらない微笑みがある。ふと頬から離された彼の手が、腹の前できつく握りしめているこぶしを撫でた。
「俺は十二年前に一度、心を放棄してしまった。人間にとって心を捨てるのは、死んだようなものだ」
自らの罪を咎めるようなその言葉が、彼の過去の哀しみの深さを物語る。しかし次の言葉が、その哀しみから互いを解放した。
「お前を愛して救われたのは、俺のほうだよ」
「……っ」
「これからも、ずっと一緒にいよう」
左のこぶしを開かされると、彼の口元に持っていかれた。手の甲にそっと唇を押し当てられる。うっとりするようなその仕草に、涼子は声を失った。
唇を離した彼は、薬指で輝く証に視線を落とし、ふっと口角を上げると、再びこちらを見据えて最後に囁いた。
「誓うよ」
迷う余裕すら与えない厳しさを持つ、偽りのないまなざし。その中にひそむ容赦のない優しさは、底知れぬ沼のように、全身を包みこんで離さない。
悦びも、哀しみも、すべてを一緒に分かち合うことを約束する――それは紛れもなく、愛し合う二人だけに許された神聖な儀式である。