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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
「これは俺が泣かせたのかな」
「ふふ、そうね。でもあの日の涙とは違うわ。幸せだもの」
「愛してるよ。涼子」
「愛してるわ。クレイさん」
「その呼び方はやめてくれ」
はにかむように笑った彼は、そろそろ片づけをすると言い、涼子を椅子に座らせると自分は席を降りた。その横顔が心なしか淡紅に色づいているように見え、涼子の笑みを誘う。
こんなにも穏やかな愛を誰かと共有できる日が来るなど、つい一年前までは想像もしなかった。真の愛情に満ちた関係を築ける相手など、いないと思っていた。
だが、心の奥底では信じていた。信じていたかった。人の愛を。
こんなふうに、誰かに愛されたかった。誰かを愛したかった。
涼子は、少しだけふくらみを帯びた腹に手のひらを当て、カウンター内に戻る西嶋の後ろ姿を見守りながら、再び目頭を熱くした。
西嶋は整然としたバックバーを背に、グラス洗いを始める。家で寛いでいるときとは少し違う、仕事の顔――BAR Clayのマスター。それを離れたところから眺めるのもまた、美しいアート作品を鑑賞するような癒しになる。
視線に気づいた彼は、優しく微笑んでくれる。二人ともなにも話さず、しかし幾度も目を合わせては笑みを交わした。
かつて真耶も、こうしてカウンター越しに彼を眺めていたのだろう。涼子は、記憶の中にいる二人に想いを馳せた。
感傷的になっているのではない。ただ、無性にそうしたくなったのだ。
過去ではなく今を、西嶋とともに生きることを心に誓った。それは、過去を捨て去ることでも、記憶の隅に追いやることでもない。
俯いてしまいそうになるたび、彼は与えてくれた。笑顔を見せるきっかけを。前を向いて歩く意味を。
その揺るぎない大きな愛は強い引力となり、過去の暗闇から光の差す未来へと涼子を導くのだ。これからも、命ある限り、何度でも。