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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
――美しく磨きあげられたカウンター。その向こうに、誰かが立っている。薄く白い靄がかかっていて、はっきりとその姿を見ることはできない。
静かに差し出されたのは、琥珀色の液体が入ったテイスティンググラス。グラスに触れる白い手は自分のもののはずだが、少し違和感がある。しわが増えているように見えるのは気のせいだろうか。
不意に、カウンターの上に一本のウイスキーボトルが置かれた。ラベルには聞き覚えのある名前と、“aged 10 years”という文字が刻まれている。
どこのウイスキーだろうか。よく思い出せない。グラスを手にしたまま呆然とする。
そもそも、今は酒など飲んではいけない身体だ。状況が掴めず、救いを求めるようにカウンターの奥へ視線をさまよわせた。
そのとき、目の前にかかっていた白靄が徐々に晴れてきた。淡い明かりに照らされたその姿があらわになる。整然としたバックバーを背に佇んでいるのは、優しい微笑をたたえた背の高い熟年紳士だった。
オールバックにした色素の薄い髪。広い額にかすかに刻まれたしわ。硝子玉のように綺麗なヘーゼルの瞳を持つその紳士は、ふっと口角を上げた。老いていくことを愉しむような笑いじわが、色気さえ感じさせる。
この人を、知っている。そう思った瞬間、聞き慣れた低音が鼓膜を揺らした。
――さあ、乾杯しよう。