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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
「……っ」
勢いよく目を開けると、またカウンターの向こうから声がした。
「涼子。起きたか」
顔を上げれば、見慣れた姿があった。
「……景仁さん」
上品にセットされた色素の薄い髪。優しい微笑をたたえる、美しく整った顔。引き締まった長身に映える、真白なシャツ、上質な黒ベストとネクタイ。清潔感漂うその静かな佇まいは、青白い照明の下で大人の色気を放つ。
まさに今、あの熟年紳士の壮年期を目の当たりにしている。
「待たせたな。もう終わるよ」
「うん……」
どうやら、片づけを再開した彼を眺めているうちに、頬杖をついて眠ってしまっていたようだ。あの不思議な光景は夢だった。
彼はいつの間にか、ウイスキーを飲みながら作業をしていたらしい。カウンターに置かれたグラスの中で、豊かな琥珀色が揺れる。
ふと、夢の中で目にしたウイスキーボトルが脳裏によみがえった。その十年物のウイスキーは、まだこの世に存在していないはずである。なぜなら、蒸溜所が稼働を開始してからまだ二年しか経っていないからだ。
あれは、一人訪れたグラスゴーのバーで、店主から新しい蒸溜所の話を聞いたときのこと。それを知った涼子は、無色透明なスピリッツに想いを馳せ、十年後の西嶋の姿を想像したのだった。
まさか未来の夢を見るとは、我ながらロマンチックだと涼子は思った。
生まれたばかりのこの愛は、十年後にはどんなふうに色づけされているのだろう。
一年後、十年後、きっとその先も、人生は続いていく。それと同じだけ、あるいはそれ以上の苦しみに、幾度となく足止めされるかもしれない。ときには過去に足を取られ、引きずられそうになるかもしれない。しかし、この男と一緒なら、再び力強い一歩を踏み出すことができるに違いない。