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琥珀色に染まるとき
第4章 虚しい戯れのあとは
突然、顔を上げた涼子と目が合った。少し考え事が過ぎたか、無意識のうちに凝視してしまっていたらしい。
「こんなに睨んだら涼子さんの顔に穴が開きますね。すみません」
「え。……あっ、こちらこそ……」
佐伯から同じように指摘された昨夜のことを急に思い出したのだろう。涼子は気まずそうに呟いたあと、沈黙した。だが直後、こらえきれなくなったように、ふふっと小さく噴き出した。
口元だけでなく、目もしっかりと笑っている。その様子からは警戒心を感じない。マイノリティー同士は仲間意識を抱きやすいというが、その言葉のとおり、コーヒーのくだりから彼女は心を許し始めていた。
ほほえましい気持ちになりながら、景仁もカップを口に運ぶ。
ふと、視線を感じた――。目を上げると、涼子に見つめられていた。コーヒーに口をつけそびれたままカップを下ろし、思わず苦笑して窓の外に目をやる。
「雨は、お好きですか?」
濡れる景色を眺め、なぜか無意識のうちにそう尋ねていた。雨を好きな人間などいるものかと心の中で吐き捨てたとき、涼子が細い声で答えた。
「いいえ。……大嫌いです」
今までとは毛色の違うその声に違和感を覚え、景仁は視線を戻した。
長いまつげに縁取られたその黒い瞳の奥にひそむのは、揺るぎない正直さと、かげりなき美しさ、そして、圧倒的な憂いだった。
その目を直視するのは危険だと脳が信号を発しているのか、奇妙な感覚に陥るのを自覚する。その理由を考えようとしたが、答えを導いてはいけない気がしてやめた。あるいは、すでに動き出そうとしている心情に気づかぬふりをしていたのかもしれない。
気休めに、あらためてコーヒーを飲む。ふだんなら心地いいはずの苦味に、景仁は顔をしかめた。
ベストの腰ポケットから懐中時計を取り出し、目を落とす。時計の針は、十時半を指そうとしている。