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琥珀色に染まるとき
第5章 雨音に誘われて

***
タクシーを捕まえたときには、雨を含んで湿ったシャツの薄い生地越しに白い肌が透けていた。なぜ今日に限って傘を忘れてしまったのかと自らを呪う。濡れたままでみっともないことは承知しているが、心はすでにあの場所へ引き寄せられてしまっている。
どうかしている、と思った。あの人の顔が見たいなどと、なぜ思ったのだろう。出せない答えを考えながら、後部座席で一人、涼子は濡れゆくネオン街の景色を眺めた。
見覚えのある通りに差しかかったタクシーは、路地に入ってさらに奥へ進むと、ある九階建て雑居ビルの前に停車した。下から七つ目の袖看板には、妖しげに光る店名が浮かび上がっている。
タクシーを降りると、やむ気配のない雨が頬を濡らした。アスファルトを叩く雨音がやけに耳に響く。それをふりはらうように、ヒールの音を鳴らしてビルの中に駆けこんだ。
エレベーターで七階に上がり、薄暗い通路を過ぎて黒い扉の前まで来た。ほっとした気持ちと、緊張感が入り混じった妙な気分になる。やはり引き返せばよかったという少しの後悔を心の隅に残したまま、真鍮製の取っ手をゆっくりと引いた。
ひかえめなブルーのバックライトに照らされた開店直後の薄暗い店内には、まだ客がいなかった。美しく整えられたバックバーを背に、男は一人でグラスを磨いている。まるで絵画のようだ。
その綺麗な瞳が、涼子の姿をとらえた。男は一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「いらっしゃい。涼子さん」
「こんばんは。西嶋さん……」

