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琥珀色に染まるとき
第5章 雨音に誘われて

「お好きな席へどうぞ」
優しく促され、昨夜と同じ、奥の壁際から二つ目の席に腰かけた。カウンターの向こうでは西嶋が苦笑を浮かべている。
「また降られてしまいましたか」
「あ、ええ、でも大丈夫です。……っくしゅ」
「大丈夫そうには見えませんね」
穏やかに微笑んだ西嶋は、カウンターの奥にある扉を押して消えていった。すぐに戻ってきた彼の手には、きちんと折りたたまれた真白いタオルが乗せられている。カウンターを出てこちらに歩み寄ると、それをふわりと広げ、肩にそっとかけてくれた。
「風邪をひかないように」
礼を言おうとして後ろを見上げれば、身体が触れそうなくらい近くにいる男が、美しい笑みをたたえてこちらを見下ろしていた。思っていたより余裕のない距離感に身体がこわばる。涼子はタオルの端を握りしめ、すみません、と、かろうじて呟いた。
薄く口角を上げた西嶋はカウンター内に戻っていく。喫茶店で相席したときとはあきらかに違う空気に、洞察力に優れた彼が気づいていないはずはない。だが、彼はなにも聞いてこない。今はこの距離感が心地いい。
バックバーに揃えられたボトルを黙って観察していると、視界の端で西嶋が微笑むのが見えた。
「今夜はお仕事中ではなさそうですし、ウイスキーでもいかがです?」
そう言って後ろに首をひねった西嶋は、涼子の真正面に見えているいくつかのボトルを指差す。
「昨夜もこのあたりをよく眺めていたでしょう」
「あっ……」
突然の指摘に思わず漏れてしまった声を隠すように口をつぐむと、当たりですか、と愉しげに尋ねられる。無意識にそのウイスキーが見える位置に座っていたこと、そしてなにげない視線の行方さえ把握されていたことを実感し、鼓動が跳ねた。

