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琥珀色に染まるとき
第5章 雨音に誘われて

 客の好みを知るのがこの男の仕事。特別なことなどでは決してない。いたって普通のことだ。そう自らに言い聞かせ、騒がしい胸の音を静める。
 そんな心情を知ってか知らでか、優しく微笑んだ彼は低く上品な声を降らせる。

「どの銘柄にしましょうか」

 その色気ある低音に導かれるように、涼子は“CAOL ILA”と示されたボトルを見据えた。

「カリラ十二年を、ストレートでお願いします」

 静かに告げると、満足げな笑みを返される。

「チェイサーはいかがなさいますか」
「お水を」
「かしこまりました」

 答えるその表情はやはり、まるでそう注文されるのをあらかじめ把握していたかのように愉しげだ。

 カウンターの上に用意されたのは、飲み口がすぼまった形をした足の短いテイスティング・グラス。ウイスキーをストレートで、というとショットグラスを呷るイメージを抱きがちだが、本来ウイスキーとは香りと風味を愉しむ酒である。個性の強いシングルモルトを存分に愉しむなら、こういったグラスのほうが適している。
 ボトルの蓋を開け、長い指に挟んだメジャーカップにウイスキーを注ぎ、手首を返してグラスに入れる。ボトルの口をトーションで軽く拭ってから蓋をして、カウンターの上に置く。その一連の所作は無駄がなく、美しい。

「どうぞ」

 差し出された無色透明のグラスには、淡い黄金色の液体が透過して官能的な輝きを放っている。

「いただきます」

 グラスを手に取り、傾け、強烈なスモーキーフレーバーをそっと吸いこむ。少量だけ口に含んでひと巡りさせ、ゆっくりと飲みこむ。喉から上がってくるその独特な香りの余韻に浸っていると、心が溶かされていく。涼子は、ほっと息をついた。

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