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琥珀色に染まるとき
第1章 雨に濡れたボディーガード

 黒い傘から覗くのは、スーツを着た後ろ姿。その身なりで足早に歩く様子を見る限り、朝寝坊をして焦っているごく普通の会社員、という印象を受けるが、その背中からは涼子にしか察知できない怨念のようなものが漂っている。

 そのどす黒い激情は、女への執着だ。

 ひとけのない通りに差しかかるや否や、男は歩く足をさらに早めた。
 涼子は小走りになる。強くなった雨が傘を叩き、地面を蹴るヒールの音をかき消してくれる。
 男は傘を閉じた。前を行く女に傘の石突を向け、一目散に走り出す。それで女を刺してやると言わんばかりに。
 涼子は持っていた傘とバッグを投げ捨て、男を追って走る。
 男はかなりの興奮状態にあるらしく、自身を追ってくる靴音には気づいていない。それどころか、女に向かって叫び声をあげながら突進していく。

 狂気をはらんだ奇声に、びくりと肩を震わせた女が振り向いた。今にも襲いかかろうとする男の姿を目撃すると、目を見開いて悲鳴をあげた――。

「やめなさい!」

 意表をつく涼子の鋭い声に、走る男の背中が反応を見せた。驚き、不安、恐怖、躊躇、それらが一瞬にしてその後ろ姿によぎる。涼子は、それを見逃さない。
 急激に減速した男が後ろを振り向くタイミングで、その手に握られている傘を引っ張り、軽く腹を殴る。男が反射的に前のめりになった隙をつき、その喉元を押さえつけるようにして倒す。仰向けに崩れた男の急所に、最後の一撃を食らわせた――瞬間、鈍い音がし、静まりかえった路地には低い呻き声が響いた。

 地面にうずくまる男の片腕を、後ろにひねり上げる。抵抗しようとするその身体に全体重をかけながら、涼子は氷のような冷たい目でそれを見下ろした。
 その鋭い視線を、なにもできずに呆然と立ちつくす女にも向ける。荒ぶる気持ちを抑えつつ、尋ねる。

「あなた、怪我は?」

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