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琥珀色に染まるとき
第1章 雨に濡れたボディーガード

 色づいた厚い唇を開けたまま、女はまばたきを繰り返した。しかしすぐさま我にかえり、首を何度も左右に振って意思を示した。

「そう、よかった。もう大丈夫よ」

 優しく声をかけて微笑んでやると、女は自分の身に起きた出来事をそこで初めて目の当たりにしたかのように、がたがたと震え始めた。
 雨に濡れて色濃くなった髪が、その顔にべったりと張りついている。よく見るとまだ若い。濃い化粧に隠された素顔は、おそらく二十代半ばくらいだろう。

 女と同年代とおぼしき男は、言葉にならない言葉を吐き捨てながら暴れる。その腕をなおもきつくねじり、涼子は怒りを抑えた静かな声を落とした――。

「女を甘くみないで」

 暗髪を濡らし続ける冷たい雨が、やがて涙のように頬を伝い落ちていった。


***

 私用の携帯電話がまた鳴った。これで三度目だ。

 事務所の上司には事情を説明して了解を得ているし、依頼人との打ち合わせは午後からなので、出社時間を少しだけ遅らせたとしても涼子を咎める同僚はいないはずだ。
 だが、一人だけそれをやってしまえる男がいる。

『お前なにやってんだ! どこにいる?』
「会社携帯のGPSでわかるでしょ」
『今ジムにいるからそんなもん確認してる暇ねえっつーの』
「もう着いたわよ」

 そっけなく答えて通話を切る。これ以上説教を聞く気はない。

 S警護事務所は、五階建てオフィスビルの三階に事務所を構える、従業員数二十名の小さな会社だ。涼子はその中でただ一人の女性警護員で、自分より身体の大きさも力も勝る同僚たちと肩を並べて仕事をしている。
 身体能力では劣っても、女だからこそできる依頼人への細やかな気遣いを自らの強みとし、対等の立場を維持してきた。その実力を認めてくれる同僚は多く、ついさきほど電話口で涼子を怒鳴りつけた男もその一人だ。

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