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第1章 突然の始まり

「ねぇ。今日準夜でしょ？当直室来ない？」

ナースステーションに誰も居ないことを確認し、小峠医師はねっとりとした甘え声で聞いた。

「ええ。でも…。」

誰かが残したままの脳外科の雑誌を片付け乍ら、気の無い返事を返した。

…潮時だ。

看護師　月性　冬（げっしょう　とうこ　）は考えていた。


「だってピル飲んでないですし…。」

…生に拘る理由が判らない。普通遊んでる医者なら、そういうところを一番気を付ける筈じゃないのか？それともこのハゲ…ただの馬鹿なのか？

「あ…これ明日の朝から飲ませてぇ…。」

小峠はPCのモニターを見ながら処方を入力した。

「いつもオーダー変更は日勤でお願いしますって言ってますよね？」

入力をし終わって椅子から立ち上がると、じりじりと冬に近づいた。

「月性ちゃんなら余裕でしょ？薬剤部にもう電話しといたからさぁ」

…こんな時ばっかり。

「判りました…」

冬は、早く小峠の前から立ち去りたかった。

「ねぇ…月性ちゃん」

小峠はさりげなく、お尻を触ったので驚いた冬は思わずよろけて、ぶつかった椅子が大きな音を立てた。

「ちょっ…と！」

大きなため息をつく。

…だ・か・ら！！公衆では止めようよ。

「あ…もう感じちゃったぁ？」

…お前は…やっぱり真性馬鹿だ。

さらに忍び寄る小峠の魔の指先から素早く逃げた。

「小峠先生…この際ですからはっきり申し上げてお…こ…。」

冬が声を荒げた時だった。

「戻りました～♪」

見回りから他の看護師が戻って来た。

「じゃあ…お願いね」

何も無かったように、そっと冬の傍を離れた。

（待ってるから…）

小峠は唇の動きで読めた。

「小峠先生…その指示絶対無理ですからね」

冬は去って行く小峠の背中に向かってため息をついた。

「トウコどうしたの？またこんな時間に指示変更？あの禿」

冬と同期の看護師が、端末からデーターを入力しながら呆れた。

「うん…。」

冬は再びため息をついた。

「…ったく。他の病棟のナースにちょっかい出す暇があったら、昼間の間に指示くらい出せるだろっての」