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幸せの時効
第5章 告白
 毎朝30分の短い時間に相模検事正の元へ向かう。それが毎日の習慣になっていた秋の初めの頃だった。

「食事ですか?」
「ええ、友人が料理屋を営んでいるのですが一人で行くのも躊躇ってしまって……」

 困った顔の相模に食事に誘われた。

「奥様とご一緒されたらよろしいのでは?」

 すると相模は驚いた顔で私を見つめた。

「私は独身ですが……」

 しばらく沈黙が流れる。気を取り直して話を聞くと、相模は一度も縁の無いまま検事正となっていたという。

「一人で行くのもなんですし、よかったらご一緒にと思って声をかけたのですが、どうやら高島検事は誤解されていたようですね、私を妻帯者だと。いくら職場の中でも男と女が連れだって食事となると、あらぬ疑いを掛けられてしまう。でも安心して欲しい。私には浮いた話などありはしないのだから」

 どこか『誘い』の匂いを感じたが、温厚な相模の人柄でそれを包み隠したようにも見えた。断る理由も見当たらないし、その誘いを受けた。

 相模検事正は確か50代で、人生の酸いも甘いも噛み分けた人格者だ。その穏やかな微笑みは地検の皆を安心させるほどの包容力を湛えていた。仕事も手を抜かず皆から尊敬されている素晴らしい検事正だった。それにしてもそのような男が一度も結婚もせずにいたとは正直驚いた。なにか『不具合』でもあるのだろうか? とりとめの無いことに思いを巡らせていると、事務官から声をかけられた。

「高島検事、そろそろ退庁時間です。今日はノー残業ディですよ」
「ああ、そうだったわね。帰りましょう」

 毎週一日だけ残業してはならない日があって、誘われた当日に相模と食事に行くことになっていた。人目を忍ぶものではないが、地検から離れた場所の小さな喫茶店で待ち合わせをした。
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