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いじっぱりなシークレットムーン
第9章 Lovely Moon


 ***



 朱羽はそれ以上は口を開かなかった。

 だけどなにかを決心しているような強いものが、彼の目の中に生じていたことは確か。その時彼の瞳はあたしを通り越して、遠いなにかを見つめていた。

 それなのに――


「よし、じゃあケーキを買いに行こうか」


 それを隠して柔らかく笑うから。

 どくり、と心臓が不穏な音をたてた。

 あたしは彼のように聡明ではないから、表情から正解に辿り着けない。それでも警戒しろと言われているように、朱羽からなにかを感じた。

 それは朱羽のマンションの話をしていた時のようだ。

 彼の誠実さは信じているけれど、あの時と同じひっかかりが、あたしを妙に不安にさせる。


「……朱羽」

 二人分の支払いを強固に済ませて、外に出てきた彼の腕に縋るようにして言う。

「ん?」

「ひとりで考えてひとりで動かないで。……ひとりで、行っちゃわないで」

「どうしたんだよ、陽菜」

 朱羽は笑いながら、身を屈め、上からあたしを見下ろすような姿勢で、あたしの頬を撫でて宥める。

 なにもないというような、美しい貌(かお)で。

「あたしも、朱羽の世界に連れていって。戦力にならなくても、あたし……疲れた朱羽を抱きしめることは出来るから」

 風が街路樹を揺らして、舞い散る木の葉がカサカサと音をたてた。

 乾いた秋の音。物寂しい音が、ふたりを包む。

「どうしてそんな風に思う? 恋人になって、愛し合って。俺はずっとあなたから離れないと、この先もこうやって深く愛し合うのだと、あなたはそうは思えなかった?」

 困ったような朱羽の顔。

「思ったけどっ、それでも……朱羽が、あたしのいない世界に行ってしまうそうで……」

 朱羽はあたしを身体で包むように抱きしめた。

 風が朱羽とあたしのコートを揺らす。
 
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