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第2章 緊急モラトリアム

　俺は昨夜、拾ってきた（つもりは、ないが）女の正体を知るに至った。その正体というのが何でも、若者の間で大人気の所謂『歌姫』というのだから、実に驚きである。

　これは全くの余談ではあるが、この手の輩を表す言葉として他にも『ミュージシャン』『シンガー（歌手）』『アーティスト』『ヴォーカリスト』等々があるが、その棲み分けが俺にはよく理解できない。

　試しに彼女に訊ねてみたら「別になんでもいいよ」と、特に拘りはない御様子だ。

　ともかくワイドショー等でこれだけ話題になっていることから、この『天野ふらの』（変な名前だ……）という人物が、かなりの知名度であることは疑いようがない。

　まあ俺の様に田舎で細やかに暮らす中年男にとって、その名と顔を知らなかったことは別に恥ずべきことでもなかろう。年代も然ることながら、趣味も趣向も詳細に細分化した世の中だ。『大人気』とは言ってみても、それが『誰もが知る』レベルとイコールな時代とは言い難い。

　そう言えば昨晩、「何者だ？」と訊ねた俺に対して、彼女が不思議そうな顔をしていたのは、つまりそういうことなのである。

　存じ上げなくて、悪かったね。君の言う通り、オジサンだし。興味も一切なかったし。