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淫徳のスゝメ
第4章 私が天涯孤独になったこと





「姫猫」


 午前の講義は終わっていた。

 魅惑的なメゾを合図に、私の目路に、学生らの疎らになった講義室が広がった。


「まづる……?」

「やっと起きた。目を開けたまま居眠りなんて、私の仔猫ちゃんはなんて器用」

「眠っていたように、見えたかしら」

「最近ずっとかな。きよらさんに会いに行ってから、姫猫、そんな顔ばかりしてる」

「──……」

「蓮美さんと話しに行った時、やっぱり、何かされたの?」

 まづるの顔は、少女が友人に向ける薄弱な感情を表していた。心配という言葉がその口から出ないのは、私のためか、彼女自身のためか。





 ラウンジへ移った私達を、相も変わらず少女達の視線が蜘蛛の糸よろしくまといついた。加えてゴールデンウィーク以降は、例のクラブの会員達にも挨拶を受け、未だ勧誘してくる少女もある。



 空きテーブルに、私達は弁当を広げた。

 私の巻き寿司と、まづるのスコーンのサンドイッチ。私は給水機から二人分の湯を持ってくると、まづるの持参のティーパックを紙コップに沈めた。ストロベリーシャンパンのぴりりとしたフレーバーが、無機的な空間に染み通ってゆく。



 蓮美先生が見えたあのあと、私は一人、昔話に誘われた。

 学生寮の空き部屋で、私達がしたことは一つだった。

 私の肉体は、変わらず蓮美先生に従順だった。まづると似通うものがある。加虐と献身を持ち合わせた宗教学者は、されどまづるのような安心感を及ぼさない。強引に、計算高く、私から快楽を引きずり出すだけだ。…………





「姫猫」

 まづるの口調は、暗鬱とした雨の音を閑却しているようでもあった。

「私ね、人を殺してみたいんだ」

「っっ……」


 愛撫のようなささめきにも似通うメゾが、私の耳殻をやおら撫でた。


 その口舌とはあまりに無縁の白い手が、私の指をもてあそぶ。
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