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淫徳のスゝメ
第6章 私が見た海の向こうの嘲笑のこと


「姫猫さんは、お名前に猫が入るからではないですか?」

 奈子がお兄様とキスをしながら、私達に微笑んだ。

「姫猫さんの字はそう書くのでしたね。それじゃあ、恋人も呼びやすいんでしょう」

「良いなぁ、私も帰国したら彼氏つくる!」

「…………」


 くちゅ…………


 恋人。

 私の指が、にわかに汚らわしいものにでもまみれた錯覚を得た。

 みだりがましい甘い花蜜。

 今し方まで賞翫していた私の熱が、急激に冷めてゆく。


 仔猫ちゃん。


 私をそう呼んだのはまづるだ。

 気乗りしない、友人を紹介すると言ったお父様の命令で、私は早良の屋敷を訪ねた。裕福であることを鼻にかけない(今振り返れば、けだしそれもまづるの父親の、政治家としての計算上だ)、全てが上質で上品だったあの邸宅で、私はまづると初めて出逢った。


 あの時の胸の高鳴りは、確かに恋というものの他になかった。

 感覚が求める対象は、精神も焦がれないではいられない。お父様が私の肉体を必要として、私を必要としていたように。


「…………」


「姫猫様」

「…………」

「お疲れですか?ご気分が優れませんでしたら、外へご一緒いたします」

「いいえ」


 私はカナッペを皿からつまんで、アンチョビとオリーブの風味を口に運んだ。


 これからが楽しいところだ。抜け出すような、勿体ない真似はしない。
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