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令嬢は元暗殺者に恋をする
第51章 何故
 芳しい薔薇の香りが辺りに満ちる。
 艶やかに咲く薔薇たちが、月明かりを浴び夜露にしっとりと濡れていた。

 小さなつぼみから、美しくその花弁を開くことを待ち望んでいた薔薇たちは喜びを精いっぱい表現するように甘い香りを放ちその存在を誇示する。

 そして、愛する人の手によって、少しずつ花開き始めようとするサラもまた、今までとは少し違う雰囲気をその身にまとっていた。

 いつもと変わらないようでいて、どこか違う。
 少女のあどけなさを残しつつも、女性の色気を仄かに忍ばせたような。

「サラ」

 何かを言いかけようとして口を開き、そして閉じてしまったハルは視線を落とした。
 ハルの整った顔に蒼白い月明かりが落ちる。
 いつも言いたいことを、遠慮もなく言うハルがこんなふうに躊躇う素振りを見せるのは珍しい気がした。

 どうしたの? なあに? と、サラは首をわずかに傾げ、ハルの言葉の続きを待った。

 意を決したのか、視線を戻しまっすぐサラを見つめるの藍色の瞳に、くすぶっていた揺らぎは消えていた。

「もう、ここへ来るのは明日で最後にする」

「最後……?」

 言いかけてサラは小さく息を飲み、そして、ハルの言葉の意味を理解して大きく目を見開いた。

「明日、迎えに来る」

「ハル……」

 両手を口許にあて、サラは震える声を落とす。

「幸せにする」

 サラは違うわ、と首を振り、微笑んでハルの目をのぞきこむ。

「二人で幸せになるのよ」

 小さな両手がハルの頬を包み込んで引き寄せる。
 腰をかがめたハルの唇にサラはそっと自分の唇を重ねた。
 サラの手にハルの手が重ねられ指が絡む。

 甘い薔薇の香りに目眩を覚える。

 いいえ、目眩を感じるのはハルとのキスのせい。

 鼻腔をくすぐる薔薇の香りが媚薬となって、いっそう二人の感情を昂ぶらせ互いを欲して求め合う。
 唇を離し、熱を宿した薄茶色の目でサラはハルを見上げた。

 濡れた唇に、落ちる月影が艶やかな光が差し、かすかな吐息をこぼすサラの頬に、ほんのりと赤みがのぼった。
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