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初戀 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第2章 恋の距離
…また来てる…。
綾香は舞台の袖からそっと客席を覗いて、あのブルジョア大学生が座っているのを見つけた。
…今週で三回目じゃない…。

「よっぽど綾香にお熱なんだな、あの色男」
バンマスがニヤニヤ笑いながら後ろから声をかける。
綾香は振り向く。
「熱心なファンが付くのはいいことじゃないか。…しかも金持ちのお坊ちゃん」
「あのお客さん、帝大生なんだって。しかも医学部!…なんでも駿河台にある大病院を経営している院長の息子らしいってオーナーが…」
新人バーテンダーにして、長屋の隣人の息子千こと千吉まで興味津々に語り出す。
「あのbravo!もカッコ良かったよなあ。…窮地の姫君を救う勇敢な騎士みたいでさ」
「ですよね⁈あの学生さん、すごいハンサムだし!」
「ありゃ、綾香に一目惚れだな。毎回、火傷しそうな眼で綾香を見つめてるんだぜ」
「…なんだかロマンチックですねえ…」
勝手に盛り上がる二人を尻目に綾香は素っ気ない返事を返す。
「…別にどうでもいい。私には関係ない世界の人だもん」
バンマスが呆れたように言う。
「お前は男の話になると途端に興味を失くすなあ。…いいか?恋は歌を艶っぽくするんだぞ?お前の歌に足りないのは艶だ艶!恋して色っぽくなれ、ガキ!」
綾香はムッとして言い返す。
「うるさいよ、オヤジ!余計なお世話なんだよ!」
プイっと顔を背け、奥に引っ込んでしまった綾香を見ながら千は気遣わしげに呟く。
「…綾香、二年前にお母さんを亡くしてからなんだか頑なになっちゃって…すごく仲良し親子だったから…」
「母一人子一人だっけ?」
「はい…。歌手になって成功してお母さんを楽させてやるんだってずっと言ってたから…亡くなって物凄く落ち込んでたんですよね…」
「…歌手はな、人生の喜び悲しみ、艱難辛苦全てを飲み込んで自分だけの歌にして客に聴かせるんだよ。…あいつが本物ならこれからもっともっと色をつけられる筈なんだ。…恋と言う名の切ない色をな…」
バンマスは少なくなった髪をかきあげポーズを決める。
「…バンマス…!かっこいいッス!」
「…だろ?」

少し離れたところで二人のやり取りを聞いていた綾香は唇を歪め、冷めた眼で呟く。
「…バカバカしい…恋なんて…」

…袖を覗く。
大学生は真っ直ぐな眼で舞台を見つめている。
綾香は乱暴な仕草で、舞台の幕を閉めた。

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