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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第6章 あの月の頂で
首筋を桜色に染めて恥じ入り俯く梨央の肩を抱き寄せ、綾香は縣に見せつけるように、梨央の後れ毛を梳き上げる。
「…私の女神は余りに美しくて可愛らしいから…つい悪戯をしたくなるの…」
「…お姉様…」
梨央はうっとりした瞳で綾香を見上げる。
綾香は縣が見ているのもお構い無しに、梨央の顎を引き寄せて、柔らかな唇をそっと奪う。
長い睫毛が触れ合いそうな距離で綾香の濃い琥珀色の瞳と梨央の黒曜石の如く輝く瞳が見つめ合い、花が咲くかのように微笑んだ。

縣はやれやれと言ったように両手を広げ、眉を上げて苦笑する。
「…全く、私達の女神は美しいが刺激が強すぎるな。月城」
月城は控えめに微笑し、小さく一礼する。
そして、穏やかに告げる。
「…お茶の用意をしてまいります。…縣様、後ほどお嬢様方とご一緒にごゆっくりいらしてください」
月城は梨央と綾香の横を通り過ぎ、葡萄棚の脇の道を真っ直ぐに進む。

果樹園から少し離れた辺りで、立ち止まり振り返る。
梨央は綾香と蜜月の恋人同士のような仲睦まじさだ。
側にいる縣は何もかも心得たかのように、そんな二人を優しく見守っている。
月城は穏やかに微笑しながらも、ふと自分の手を開いて見つめた。

先程、梨央が付けた小さな爪痕がうっすらと朱に染まっている。
その爪痕とあの2年前の満月の夜の梨央が不意に重なる。

…私を連れて逃げて…
どこか知らないところへ連れて行って…
梨央の華奢な白い手は必死で月城にしがみついていた。

…もしあの時に…。
月城は手のひらを見つめる。
…あの時に、梨央様の手を取り二人でどこかに逃げていたら…。

ゆっくりと果樹園を振り返る。
梨央は綾香を陶酔したように見つめ、幸せそうに微笑んでいた。
…私と梨央様の運命も変わっていたのだろうか…。
…梨央様の隣にいるのは…私だったかも知れないのだろうか…。
切ない想像に寂しく笑いながら首を振り、ふと空を振り仰ぐ。
真昼の月がうっすらと夢のように、宙空に浮かんでいる。

…私を月まで連れて行って。
そうしたら、二人きりでいられるから…。
あの言葉を聞いたのはいつだったか…。

まだいとけないか細い梨央を抱きしめ、二人で悲しいまでに美しい満月をいつまでも見上げていたあの夜は…。

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