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サキュバスちゃんの純情《長編》
第12章 性欲か生欲か

 東京駅から、三時間半。新幹線は速い。ボーッと景色を見ていたら、目的地に着く。
 傘と鞄を持って、新幹線を降りる。

 九月十八日。

 新幹線から在来線に乗り換えて、窓からやはり曇ったままの外を見る。台風が近づいてきている。
 昨日のうちに来られれば良かったのだけれど、精液の確保のために健吾くんとセックスをするしかなかったのだ。
 翔吾くんはサッカーの試合、湯川先生は仕事。ケントくんは体育祭だったかな。仕方なかったのだ。

 電車は鉄橋を超え、市街地を抜け、山と田んぼの田舎を走る。
 景色がガラリと変わるのは、海が見えた瞬間だろうか。頭上に、本州と島を結ぶ橋が二つ現れ、造船所のドックと巨大なクレーンが見えるようになる。
 線路脇、坂の中に建つ家は木造が多い。古い家が多い。この場所だけ時間が止まってしまったかのように、ただただ懐かしい。
 緑と、黒い海と、灰色の空。山と海に挟まれた線路を、電車は小さく揺れながら進む。

「次は尾道、尾道です」

 ホームに降り小さな構内を抜けると、目の前に、向島(むかいしま)と二百メートルほどしか離れていない小さな海が広がっている。
 潮の匂いがふわり漂う小さな港町。村上ミチとして暮らした坂の町。思い出がたくさんある場所だ。良い思い出も、悪い思い出も。

 駅から商店街のほうへ向かう。林芙美子の像の前で観光客が写真を撮っている。
『海が見える。海が見えた。五年ぶりに見る尾道の海はなつかしい』と彼女は『放浪記』に書いた。一年ぶりに訪れても、私は毎回懐かしく思う。

 そう、懐かしい。
 懐かしくて――胸が痛くなる。

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