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蝶が舞う時
第22章 菜摘へ
俺は泣き出した菜摘の肩を抱き寄せる。

医師達は言葉に詰まった。

「先生、仮に病気が完治するのであれば、入院でも手術でも全て従います。しかし、私の場合は今後一年と言うスパンでしかありません。」

「仮に入院してその期間が僅かに長らえたとしても、家族と過ごす時間は全く失われます。」

「それならば、在宅で家内と楽しく育児をしながらの治療を受けたいと思います。」


初老の医師が口を開く

「QOL、生活の質を選択されるのですね。近年在宅医療が注目されています。元々は終末期を在宅で迎える方のための医療なので治療ではなく、疼痛コントロールや体調管理が主となります。」

「東条さんの望まれる治療を検討するなら、病院で経口抗がん剤を処方して、在宅専門医師に訪問診療で経過観察と疼痛コントロールをお願いする。」

「但し放射線治療や強力な抗がん剤は使用しませんから治療効果は期待出来ませんが、何もしないよりは良いかと。勿論在宅医とは常に東条さんの情報は共有しますから、緊急の場合は病院が受け入れをしようと思います。また、月に2~3回経過観察と処方のために病院に来る必要が有ります。」

「私の後輩で在宅医がおります。この治療方針で良ければ紹介しますが、どうされますか?」

「それでお願いします。」

初老の医師は菜摘を見て

「奥さん、ご主人は優しい方ですね。ただ私の長年の治療経験からするとご主人の状況はかなり厳しいです。但し、過去に予想もつかない例外も有りました。例えば5年以上生存されている方や癌と共存して進行が今でも止まっている方など。」

「奇跡を信じることは出来ませんが、可能性が全く0とは言い切れない。」

「ご主人はあなたと子供さんを必死に守ろうとしておられる。あなたも大変だと思いますが、あなた自身がしっかりしないと…ましてや将来医師になるのであれば…」

菜摘は泣きながら頷く。

治療方針は決まった…


診察が終わり、薬局で処方される経口抗がん剤とその他の薬を待つ間、

「菜摘…おじさんは大丈夫だ。心配ない。」

菜摘は黙って頷く。

「先の事は考えず、今を楽しく過ごそう。しばらくしたら、桂菜と奈菜が一緒になる。」

「二人で楽しく桂菜と奈菜を育てよう…」

「うん…」


先の事は考えない…
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