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それを、口にすれば
第10章 それぞれの想い
「今日、父とランチをしたの。アシルが日本に来ているんじゃない……。貴方、何も言ってくれなかったから驚いたわ」

アシルとは、先日傘下に収めた老舗のフレンチレストランのシェフだ。
彼の来日はもちろん知っていたが、その味を理沙子が以前からいたく気に入っていることをつい失念していたのだ。

買収した店というのは結城にとって職場も同様のため、妻ではない優雨を気軽に同伴することはできない。
しかし、いつかぜひ連れて行ってやりたいものだ……などと考えていた自分を思い出し、結城は心の中で苦笑した。

妻のお気に入りであることは忘れていたというのに。

仕事柄、結城は外食をすることが多く、帰りも遅い。

『セックス以外の夜更かしは美容に悪いからしない』というポリシーのもと先に休んでいることが多い理沙子だったが、今日は珍しく起きて帰りを待っていた。

いつから飲んでいたのだろうか。
テーブルの上には栓の空いたワインボトルが並んでいて、さすがの理沙子も珍しく酔っているようだった。

「……ああ、そう言えば理沙子は彼の料理が好きだったな。どうだった? 客の入りは」

そう言いながら結城が口にしたのは、自分が持ち帰って来たビンテージワインだ。
個人的にワインが好きなのも事実だが、仕事のために料理や店の雰囲気に合わせた味を探して研究することも多かった。

今夜もその目的で選んできたワインだったが……今の結城の頭には、これなら優雨の様な女性も飲みやすいかもしれないなという考えが浮かんでいた。

味わいは複雑だが、まろやかな余韻が心地よく口当たりがいい。
酒の弱い優雨も少しづつ味が分かるようになって来ていて、週末に優雨に新しい酒を勧めるのが結城の楽しみとなっていた。
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