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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
…そうして、季節は目まぐるしく過ぎていった。
暁が手掛けたビストロは軌道に乗り、今年春には二号店を上野に出店した。
三号店の準備も進めている。
そんな風に春と夏が慌ただしく過ぎ、秋を迎え、冬が訪れようとしていた。

暁は変わらずに静かに日々を過ごしていた。
仕事は充実している。社交は相変わらずだ。あまり好きではない。
パリの風間からは時折、写真が添えられた手紙が来る。相変わらず家族は仲睦まじく暮らしているらしい。
司の日々大きくなる姿を写した写真が楽しみだ。

そして暁は…
…恋人は…いない。
気になる人は…いる。
…しかし、彼は…

「…暁様」
馬上の暁に月城が柵越しに声をかける。
早くも木枯らしが吹き始めた馬場だが、今日は冬晴れの暖かな日だ。
暁は久しぶりにアルフレッドに乗りに来ていた。

「…月城…」
月城は日曜日には大抵馬術倶楽部を訪れる。
伯爵の愛馬、ジークフリートの世話を月城は出来る限り自身でしたがっているようだ。
「動物が大好きなのです。…小さな時は獣医になりたかった…」
少し照れたように呟いたのが新鮮だった。

「今日は外遊ですか?」
月城は馬上の暁を眩しげに見上げる。
…冬用の乗馬服は枯葉色で、華奢な首には白い上等なカシミアのマフラーが巻かれている。
「うん。今、戻った。…アルフレッドがあまり機嫌が良くなくてね」
苦笑する暁に、月城はアルフレッドの様子や馬具を丁寧に観察する。
そして、暁の左脚のブーツの脹脛を握りしめた。
暁はどきりとして身体を硬くする。
「…暁様は左脚にお力を入れすぎる傾向がおありですね。鐙革がきつすぎてアルフレッドが不快なのでしょう。…もう少し力を抜いてみてください」
そのまま月城の大きな美しい手が、暁の脹脛を愛撫するように撫で上げる。
「…あ…」
暁が思わず、掠れた声を上げる。
月城がはっと我に帰り、慌てて手を離す。
「…すみません…馴れ馴れしく触れてしまいました…」
「…い、いや…いいんだ…」
暁は首を振る。
「…失礼いたしました。…ジークフリートを馬房に戻さなくては…」
ややぎくしゃくした様子で、月城は行ってしまおうとする。
暁は咄嗟に声をかけた。
「…後で、倶楽部でお茶を飲まないか…?」
月城が驚いたように振り返る。
「…い、嫌ならいい…」
断られるのが嫌で俯く。
月城は静かに微笑み、
「…喜んで」
と答えた。
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