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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
その知らせは突然に、飛び込んで来た。
暁が新店舗の上野のビストロに、様子を見に行っていた時だ。
大番頭の玉木が血相を変えて、駆け込んで来た。
「坊ちゃん!大変じゃあ!今、北九州に集中豪雨が起こっとるんじゃが、昨夜大規模な山の土砂崩れが起きたっちゅう電報が入ったと!」
「え⁉︎」
「そ、その場所が、わしらの炭鉱の従業員たちが暮らしよる長屋一帯らしいっちゅう話しなんじゃ!」
暁の白皙の美貌から、血の気が引いた。
「で、でも確か…あの従業員社宅は、老朽化が進んでいるし、昨年の台風でも土砂崩れの危険があったから、今年は違う場所に建て替えられる筈だったんじゃないか?」

礼也は縣鉱業の福利厚生には特に力を注いでいた。
「…炭鉱事業は毎日危険な仕事をしてくれる従業員がいてこそ、成り立っているんだ。
彼らや彼らの家族には、できるだけ快適な豊かな生活をさせてあげたい」
…それが口癖だった。
老朽化した従業員社宅も、礼也が視察した際に大変心配し、現地の社長にすぐに建て替えるように指示を出していたのだ。

玉木は口籠る。
「…そ、それが…現地の社長の采配で、現場の最新機材の買い替えを優先しよって、長屋の建て替えは後回しになったっちゅう話しなんじゃ。…石炭の生産量を上げるにはそうするより他はないちゅうて…現場も半ば納得していたらしい…」
「…そんな…!」
礼也が従業員達を配慮した思いが無駄になったというのか…と、暁は呆然とした。

「…坊ちゃん…どないしょう…。社長はフランスやし、会長はアメリカじゃ。…こっちの縣商会には飯塚の長屋に家族残してきよる者も大勢おると。皆、動揺しちょる」
縣商会では、飯塚の炭鉱町出身の若者で、賢く目端が効くものを選び、東京の事務所で働かせていた。
学校で学びたい者には礼也が無償で学費を出し、夜学に通わせていた。
少しでも飯塚の若者の将来の可能性を広げたい…。
それが礼也の希望だった。
暁はそんな礼也を心から尊敬していた。

玉木が暁を縋るように見つめる。

…兄さん…!
暁は両手を握り締めた。
そして、唇をきゅっと結ぶと、小さいがはっきりした声で告げた。
「…僕が…飯塚に行きます。…玉木さん、汽車の手配をお願いします」


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