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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第9章 さよなら、初恋
「…だから…泉を大切にして。…泉を幸せにしてあげて。…僕にはできないから…司さんがしてあげて…」
泣きながら必死に笑う薫に胸の奥底を掴まれる。
「…薫くん。…分かったよ。…大切にする…」
そう答えるのが精一杯だった。

薫は涙をその白く小さな手で拭うと、少し照れたように小さく笑い…それでもきちんと頭を下げるとくるりと背を向け、温室を後にした。

鬱蒼と茂る棕梠の樹の奥に姿を消した薫を、司はいつまでも見送った。

…恋は切なく哀しい。
どうしてひとは恋をするのだろう…。
一枚硝子の向こうに小さくなってゆく薫の姿を見つめる。
…彼はいつか泉に代わるひとに恋することができるのだろうか…。

…哀しくて苦しいのに、ひとはひとを愛さずにはいられないのだ。
司は溜息を吐く。
…苦しくても、辛くても、愛するひとの温もりをひとたび味わってしまうと、その腕の中から抜け出すことはできない。
…恋をするたびに自分の弱さに向かい合わなくてはならないその切なさに、司は思わず薄赤い唇をそっと噛み締めた。

…ひとは、多く愛してしまったほうが負けなのだ。
…僕は…きっと泉が僕を思うよりもずっと泉を愛している。
悔しいけれど…切ないけれど…。

「…どうされたのですか?そんなお貌をなさって…」
思わぬ近くから愛する男の声が響き、司ははっと振り返る。
「…泉…」

…すらりとした長身の美しい立ち姿だ。
艶やかな黒髪は美しく整えられ、端正で精悍な顔立ちは情感を持って、司を見つめていた。
黒い執事の制服からは成熟した男の色香が漂い、司は昨夜の彼の濃密な愛撫を思い出し、身体の芯が甘く疼いた。
…そして、そんな自分を哀れだとも思う。
司はやや淋しげに微笑った。



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