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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
「君に案内された温室は、まるで絵本のお伽話の世界みたいに綺麗で…初めて見た造り物のように色鮮やかな薔薇は良い香りがして…夢のように美しかった…。だから夢を見ているのではないかと思って、急に不安になったんだ…」

…暁の言葉で月城は思い出した。
まだ小柄でやせ細った…しかし眼を見張るほどに美しく…どこか艶めいたその少年は心許なげな表情をして月城を見上げたのだ。
「…僕は夢を見ているのではないでしょうか…。こんな美しい世界を見ていると今、僕が見ているのは夢の世界で…目覚めたら僕はまたあの貧乏長屋の家に一人ぼっちなんじゃないか…て…」
笑おうとして、上手く行かずに哀しげな瞳をした暁に、月城は思わず心が動かされた。
だから眼の前の類稀なる美しい少年に、白手袋を外した手を差し伸べた。
「私の手を握ってください」
「…え?」
「…夢ではないか、暁様が確かめてください」
遠慮勝ちに暁の手が月城の手を握りしめる。
…白く小さなほっそりとした手だ。
暁の手にぎゅっと力が入る。
まるで月城の存在を確かめるかのように…。
そっとその手を握り返してやると、暁の白い頬が薄紅色に染まる。
「…夢じゃないんですね…月城さんは…ちゃんとここにいるんですね…」
そう嬉しげに見上げる潤んだ瞳に、胸が不意に締め付けられる。
「はい。おります。暁様の前に…」
薄桃色の唇が軽く開き、花が綻ぶように微笑った。
今までの緊張しやや強張った微笑みではなく、心の底から湧き上がるような美しい微笑みだった。

…いじらしく可愛い方だ…。
そんな風に思ったのは暁が初めてだった。
密かに慕っている梨央には憧憬と恐れ多さの感情の方が勝っていたのだ。
そして暁に対して、いじらしさと同時にその寂しげで儚げな…それでいてどこか艶めいた雰囲気に、我知らず惹かれている己れを感じていた。
そんな自分にも驚いた。

…暁の出自については礼也からはもちろん、社交界の噂話としても月城の耳に入ってきていた。
…縣男爵がメイドに産ませた庶子…。
礼也が本妻である実の母親と諍いをしてまでも、縣家に引き取ることに固執した少年…。
珍しく関心を持ち、今日の茶会を迎えた。

…礼也様が拘られるのも解るような美しく…庇護せずにはいられない儚げな方だ…。
そしてこの少年と自分の縁はまだ続くような…不思議な予感めいたものも感じていたのだ。








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