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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
留置所には明らかに貌を腫らし、満身創痍の状態の轟が力なく横たわっていた。
拷問まがいの取り調べが行われたのは、火を見るより明らかであった。
「轟!大丈夫か⁈」
駆け寄り抱き起す。
轟は呻きながら月城を見上げ、小さな声で済まなそうに詫びた。
「…すまない…月城…。お前に迷惑をかけてしもうて…。けれどほかに誰も頼るひとがおらんかったんじゃ…。
俺は…どうしても女房と子どものところに帰らにゃいけん!…だから…」
腫れた瞼を瞬かせ、切れた唇で必死に掻き口説く轟に頷いてみせる。
「わかった。大丈夫だ。なにも心配するな。さあ、お前の家まで送るよ」
そう力強く励まし、轟を抱き上げる。

「これに懲りたらもう首相官邸前でビラを撒くなど馬鹿げたことはするなよ。今回は身元引受け人が北白川伯爵家の執事だという事実に保釈の許可が出たのだからな。お前は運が良かったのだ」
年配の底意地が悪そうな刑事がほくそ笑む。
月城はその男を無視し、轟を連れゆっくりと廊下を歩き出した。
「さあ、帰るぞ。奥さんが待っている。お前のことを心配して涙を流していたよ」
「…すまない、月城…」

廊下を曲がり、警察署の入り口に差し掛かった時…逆光を背に鋭い靴音を響かせながらこちらに向かってくるまだ若い長身の男が現れた。

…黒い詰め襟、細腰を黒革のベルトで絞った上着、黒い細身のパンツ、黒革の長ブーツ…。
その胸元には輝く勲章の数々…。
憲兵隊の上級将校の制服だ。
黒い制帽の下の貌はぞっとするような冷酷な印象を与えるほど整っている。
…取り分け、黒い片目のアイパッチをしたその風貌は、只者ではない禍々しいオーラを醸し出していた。
…嫌な男だ…。
月城は直感的に見抜いた。
視線を合わせないように通り過ぎる。

…と、その男は月城たちとすれ違いざまに、不意に高飛車な口調で呼び止めた。
「おい、待て」
月城は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
将校と思しき男は腕を組み、その切れ長の片目を好奇心に輝かせながら楽しげに月城を見た。
「お前だ。月城森」
なぜ憲兵隊の上級将校が自分の名前を知っているのだ…?
月城は轟を抱きかかえながら、静かに口を開いた。
「…私に何かご用ですか?」

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