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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第14章 Coda 〜last waltz〜
「月城が船を購入するときも、フロレアンには大変お世話になりました」
暁が礼を述べる。
フロレアンがニースで最古参の漁師に口を聞いてくれたので、月城はまだ真新しい漁船を譲って貰え、漁業権を与えて貰えたのだ。

…本当は暁は月城の為に、新しい漁船を買うつもりだった。
兄、礼也が暁に渡してくれたスイス銀行の口座には、恐らくは二人が働かなくとも生涯何不自由なく暮らせるくらい潤沢な預金があった。
だが、月城はそれを使うのを良しとしなかった。
「いつか礼也様にお会いした時に、そのまま…いえ、少しは増やしてお返ししたいのです」
そう毅然と答えたのだ。


「いや。僕は口添えしただけだ。彼がここの漁師仲間に受け入れられ、馴染めたのは全て彼の努力と魅力のお陰だ。
…彼は不思議な男だな。フランス語は母国語のように綺麗に喋れるようになっているし、何より漁の腕は本職並みだ。
いつも控え目で決して出しゃばらないのに、いつのまにか人望を集めて一目置かれている。
…それに…あの美しい黒髪に黒い瞳、彫刻のように美しい貌立ちはニースのマダムやマドモアゼルの胸をときめかせるのに充分だしね」
フロレアンは悪戯っぽくウィンクをした。
暁は苦笑する。
「…ええ。彼は本当に魅力的ですから…仕方ありません」

店を開店してから二年…。
月城は「漁船にも乗るジャポンから来たオリエンタルなハンサムなシェフ」と、密かな人気を博していた。
彼目当てに店を訪れる富裕なマダムや令嬢たちも少なくない。
…暁はそんな光景を少しやきもきしながらも、この地でシェフとして成功しつつある月城を頼もしく、嬉しく見つめていた。

フロレアンは再び港に眼を遣る。
「そろそろ船が着くな。…行きなさい」
優しく暁を促す。
…漁港の船着場に月城の白い船が接岸しつつあった。

暁はフロレアンを見上げ、にっこりと笑った。
「後ほどランチをアトリエにお届けします。
…ひよこ豆のソッカとマッシュルームとアーティチョークのキッシュ、ニースサラダ…それから」
海を見つめ、愛おしげに告げる。
「今日の収穫の美味しいお魚料理を…」

フロレアンは眼を細めて頷いた。
「それはとても楽しみだ。筆が進みそうだよ」

暁はフロレアンの優しい眼差しに見送られながら、船着場へと続く白い石畳の道を歩き始めた。



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