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終止符.
第16章 愛しい人
「奈緒さん、素敵な夜を…」
知佳の言葉に気恥ずかしさを感じながら帰宅した奈緒は、シャワーを浴びて髪を乾かし簡単に食事をすませた。
そらで覚えていた純のメールアドレスに『イヴの夜にお邪魔します。』とメールを送ったのは5日前だった。
『何も持たずに来てください。』との返信に少し迷いながら、奈緒はシャンパンを買った。
プレゼントに選んだネクタイと替えの下着を準備して、奈緒は鏡の前に立った。
ファンデーションを薄く伸ばしながら気になる肌の衰えにふぅっと息を漏らす。
なるべく自然のままでいようと気を取り直し、化粧を終えて髪をとかした。
純はもう若くはないこの身体を、気に入ってくれるだろうか…
私の他に、誰かを抱いたのだろうか…
奈緒は愛子の深い痛みを、改めて思った。
自分は耐えられるだろうかと、先の事が不安になってきた。
─────────
懐かしい駅に降り立ち、改札を抜ける。
「奈緒さん。」
仕事帰りの純が笑顔で近づいて来た。
「来ちゃった。」
照れたように奈緒が言うと「おかえりなさい。」と純が微笑んだ。
「待たせちゃった?」
「3年半ほど。」
二人は笑った。
「何もいらないって言ったのに…」
そう言いながら奈緒の荷物を純が持ち、二人は歩き出した。
時々見つめ合い、懐かしい駅前の風景を味わう。
コンビニを過ぎ、信号を渡ると公園が近付いてきた。
奈緒はコートの袖口から覗く純の左手がさっきから気になっていた。
右手から手袋を外し、手を伸ばして純の指先にそっと触れ、すぐに引っ込める。
「……」
知らない振りをしているのか気付かないだけなのか、純は無言で半歩前を歩いている。
奈緒はドキドキしながら思い切って純の手の内側に右手を滑り込ませた。
ギュッ…
純の温かい手が奈緒の冷えた手を掴まえた。
「もう少し早く繋いでくれないと…」
と純が言って微笑んだ。
奈緒は頬を赤らめ、純の腕に手をまわし、肩にそっと頭を乗せた。
「寒くないですか?」
「……温かい。」
切ない記憶が残る公園を純の腕にしがみつきながら通り過ぎた。
坂道を上りしばらく歩くと、思い出になってしまっていたアパートが近づいてきた。