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隷吏たちのるつぼ
第2章  第一章 醒めゆく悪夢
 優秀な兄と引き比べられ、見限られていた──というわけではない。

 父は端から、女の子を兄と同じように育てるつもりはなかったのだ。きっと、良家の出で大学在学時に見合いをし、恙無く専業主婦に収まって、「お母さんはいま幸せよ」と堂々と宣う母と、同じような道を歩ませるつもりだ。

 私学の要職の収入は公立校とはわけが違う。家は裕福だ。高校まで名門女子校をエスカレーターで進み、大抵のことは反対なくさせてもらってきた自分は、端から見たら羨ましく思われるに違いない。

 だが、父が望む通りの人生などまっぴらだった。
 馬鹿にしている。

 女の子なのだから苦労して身を立てなくても、どこかの「良い」男の妻に黙って収まればいいのだ。本人が見つけることができれば之幸いだが、それが叶わなかろうが、幅広い人脈を駆使すれば見合い相手を見つけるのは容易い。せいぜい、今のうちから家事の修練でもしておけ──

 決して邪推ではないと思った。だから、智咲は大学進学の段になって、間違いなく推薦が貰える系列女子大ではなく、都内の大学を志望した。反抗のつもりだった。

 入学金や授業料を自分で払えるわけではないから希望を伝えると、父親は新聞から目を離さずに、「家から通うなら、いいんじゃないか」とだけ言った。まあ可愛らしい娘が、ちょっとした冒険をするんだな。紙面で顔は見えなくとも、そんな空気がひしひしと伝わってきた。

 世界中を旅できるツアーコンダクターになりたいと思っていたから、観光学部を受験し、合格を果たした。
 しかし大学へ進んでも、父の自分への目は変わらなかった。

 旅行業界には、観光学を修めた学生数に釣り合う受け皿はなかった。父は最初から知っていたのではないか。

 大学も行ったんだし、卒業したら知り合いの会社ででも少し働き、社会勉強を積んだことにして、それから目星い男と見合いをさせる。
 父親の腹積もりを想像すると、恐いくらいのリアリティがある。
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