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緑に睡る 〜運命の森〜
第1章 告白
十市は支配人の部屋をノックした。
「どうぞ」
中から若々しい声が聞こえ、十市は一瞬戸惑ったがそのまま扉を開けた。

支配人のデスクに座っていたのはここ、カフェ浪漫の副支配人の千吉であった。
「支配人は急用ができてしまったんだ。僕が申し送りされているから…いいかな?」
千吉はまだ三十代前半と若いが、爽やかな男らしい容姿といい、明るく優しい物言いといい、従業員にも客にも人気のある人物であった。
十市がこのカフェに勤め始めた時、何くれとなく親切に世話を焼いてくれたのも、この千吉であった。

千吉は頭を下げる。
座るように促され、千吉の前に腰掛ける。
千吉は優しい笑顔で尋ねる。
「また鷹司家に勤めることになったんだって?」
十市は頷く。
「…はい」
「支配人が驚いていたよ。鷹司家のお坊ちゃまが自らいらして頭を下げて来たからね。…十市は愛されているね」
十市はくすぐったそうに笑みを漏らした。
日本人離れした近寄りがたい野生的な風貌が、笑うととても柔らかい印象になる。
「君はこの店でも人気があったから少し残念だよ」
十市は恐ろしく無口で無愛想ではあったが、仕事は几帳面だったし飲み込みも早かった。ワインや洋酒の知識も驚くほどに豊富で、ワイン通の客をも唸らせたほどだった。
料理も上手く、ちょっとした洒落たオードブルのようなものも手早く作り、店の人気メニューになったりもした。
何よりその西洋人めいた精悍な容姿と背が高く、逞しい体躯は女性客の心を掴み、最近では十市目当てで訪れる客も増えて来たほどだ。

「…もう少しでソムリエの資格も取れそうだったのにね」
手放すのは惜しい逸材だと千吉は心底思った。
「…ありがとうございます。この店にお世話になったことは一生忘れません」
世知辛い日雇い労働ばかりしていた十市に、バーテンダーというワインや洋酒の知識を生かせるやり甲斐がある仕事を与えてくれたこの店と支配人には、十市は心から感謝していた。
「こちらこそ。君と仕事が出来て楽しかったよ。…でも…」
千吉は気遣うように十市を見上げた。
「…大丈夫なのかい?鷹司家に戻って…。詳しくは知らないが何かあって解雇されたんだろう?」
十市は静かに頷いた。
「…はい。…坊ちゃんが旦那様にお願いしてくれたんです。…坊ちゃんは本当には優しいひとです…」
…十市は紳一郎の端正な美貌を思い浮かべた。






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